北神線のこれまでとこれから

すこしばかりゆかりがある地域のことなので、北神線市営化にまつわるあれこれを書き残しておこうと思う。

 

 

北神線の開業

もともと、北神線は谷上で接続している神戸電鉄三田線のバイパスとして、同社の新線扱いで開業することを1969年の都市交通審議会で答申されたのがはじまりだ。三田市が今ほどの地位を持つ前、神戸市北区の北神エリアと三田市エリア、また六甲以北の西宮市北部は有馬郡という同一の行政区画であって、それは市境で三分割されても変わらなかった*1。そういう由来のあるこの地域を、改めて市境を超え一体的に北摂ニュータウンとして開発することとなったのである。
しかし、その新線を神戸電鉄単体で整備するのは検討時点から困難を極めた。それは財政的な問題のみならず、二郎から広野方面へ抜ける新線の計画(現在の公園都市線の前形)、三田線の複線化や、宝塚からニュータウンを経由して広野へ至る国鉄福知山線新線との調整など、課題が山積していたためだ*2(なおいずれの計画も、三田駅周辺の商店街やJR新線の車庫予定地のあった広野の地主の反対により頓挫し、後述する北摂ニュータウン構想全体の縮小の遠因となった)。そこで、財政的には阪急電鉄の支援を受け北神急行電鉄という新会社を創設し、また制度としては公団P線方式で建設することが決まった。そこから数年、1988年の4月にたった一駅だけの新線、北神急行電鉄北神線は無事に開業する。

 

開業直後から死にかけだった路線

北神線そのものはトンネルで六甲山を貫く極めて線形の良い優良な路線であったものの、開業した時点で暗雲が立ち込めていた。
答申からおよそ20年。本来であれば十分にニュータウンの整備が進んでいる頃合いだが、それが「十分」とは言えない状況に陥っていたからだ。先述のように、ニュータウンを牽引するはずだった各種の大阪方面(国鉄→JR新線)の鉄道は地元の古い住民の反対により頓挫し、ひきずられるように神戸方面(北神線へ接続する二郎からの神鉄新線)の鉄道も旧来の三田駅からの短い支線としての開業を余儀なくされた(いまの神鉄公園都市線)。さらに神鉄は別路線である粟生線を先に改良することを諸事情により余儀なくされ、結果として三田線の複線化が立ち遅れ、都市鉄道としては致命的な表定速度の低さをそのままにニュータウン造成を迎えることになってしまった。


こうして北神線ができた頃には、JR福知山線の改良による大阪方面へのアクセス向上と、神鉄線の改良不十分が重なり、北摂ニュータウンの中でも三田方面から神戸への鉄道需要は低下していた。加えて北摂ニュータウンの神戸市部分含めた全体的な計画縮小もあったたため、多少は改善した00年代はじめになっても当初予想の五分の一の輸送実績しかない状態となった。需要の低下は、3面6線であった谷上駅が3面5線に削られたことからもわかる(やたらめたら真ん中のホームが広いのはもともと線路だったのを埋め立てたから)。


さらに悪かったのは、なまじ黒字である神鉄に対する支援もろくに無い中で、並行するように神姫バスの三田特急線、西脇急行線、神戸市バス神戸北町線が頻発して(しかも安く速く)高速道路を運行し、「鉄道で三田・三木・箕谷から神戸へ行く」という需要ががっつり削られたことである。

当初は想定されていた三田線標準軌への改軌・直通運転*3もなく、当然、神戸側の根本で接続する北神線の需要もこれでは増えない。運輸収入でランニングコストは賄えたものの、減価償却(=施設や車両そのものの購入費を分割支払している感じ)と借金の利子返済までは首が回らず、北神線は経常赤字のまま開業後四年を過ごし、累積赤字は資本金の6倍を超える186億円、毎年50億円近い資金不足に見舞われ、ついには91年に市中の金融機関から借金の拒否を受ける。もはや単体では破産しか無い状態であった。

再建計画

第一次再建計画

そこで手を差し伸べたのが、本来の答申での事業主である神戸電鉄と、設立に関わった阪急電鉄である。十カ年計画で経営再建を行う第一次再建計画のプランを金融機関に示し、阪急電鉄の120億円無利子融資と、神戸電鉄による谷上駅施設の買収(85億円)・無償貸与を実行した。これにより運輸収入自体は十分あったことため直後から営業損益は黒字に転換、震災直前には償却前黒字(鉄道を走らせるためのコストだけなら黒字)を確保、兵庫県、神戸市の運賃補助を受けて430円と高額だった運賃を350円に下げてサービスの向上も図った。

 

第二次再建計画

しかしながら、相変わらず借金そのものの大きさは変わらず、経常利益が確保できない状態だった北神急行電鉄は再び世紀末に実質的な借金の拒否を受けることになる。借金返済すらままならないため阪急・神鉄からの貸付でこれをしのぐ「自転車操業状態」で、2001年に第一次再建計画は破棄され、第二次再建計画が策定される。
その柱は、首が回らない原因の一つである「借金返済」、その中でもやたらと利率が高い鉄建公団への建設費返済を、別の利率が低い民間債務へ置き換えることだった。ようは消費者金融で借りたお金を優良なローンにまとめる感じである。ただ公的機関の債権なので、そう簡単にことは運ばない。あまり直接的に親会社や市のお金を借金返済に投入できなかったためである。


そこで一計が案じられた。まず第三者である神戸高速鉄道へ県や市・阪急電鉄から合計305億円を融資、つづいて北神急行電鉄のインフラ資産=「線路や車両」*4神戸高速鉄道がその305億円で買い取り、北神急行電鉄はそのお金で消費し……もとい鉄建公団へ借金返済を行って、改めてその資産を神戸高速鉄道から北神急行電鉄へリースすることで鉄道の運行は続ける、という煙に巻くような手段で解決したのだ。もはやマネーロンダリングか何かである。よう思いつくわ。
これ以降、北神線においては北神急行電鉄第二種鉄道事業者(運転だけするよ)、神戸高速鉄道第三種鉄道事業者(線路の管理だけするよ)となる。いわゆる上下分離方式である。なお突然巻き込まれた神戸高速鉄道については、この第三種鉄道事業者にあたる資産等々を2022年に阪急電鉄が買い取ることで解放される約束となった。
この第二次再建計画はなんとかうまくいき、当初の借金はおよそ半分が返済できた。

 

悪いことは続くもので

経営が軌道に乗りかけた2007年、北神急行電鉄を支援する神戸電鉄が、おそらくは自身の経営に余裕がないからか、経営支援の打ち切りを突然表明する。北神急行電鉄はもう一つの親会社である阪急電鉄にすがり*5、谷上駅を50億円で(35億円値切って)神戸電鉄から買い戻す*6ことと、借金の当年度返済をなんとかクリアした。
だが悪いことは続くもので、同年、関係者協議の場で兵庫県が唐突に運賃補助の打ち切りを表明する。さしもの阪急電鉄もこれ以上のお荷物は背負いきれないからか交渉は熾烈を極め、しかし鉄道への公費助成に否定的な兵庫県も折れず、運賃補助は半額へと減額された。足りない分は阪急側が穴埋めをすることとなり、上述の神戸電鉄支援分の肩代わりと合わせ経営が一体化した北神急行電鉄は、同年より阪急阪神ホールディングス連結子会社(完全な傘下)となる。また2012年にはインフラ資産を管理する神戸高速鉄道も同様に傘下となった。

 

純民間資本から市営化へ

2018年末、阪急阪神ホールディングス傘下に入ってから十年経っても問題が改善しなかった北神線の神戸市営化の協議が始まった。協議は急速に進み、19年3月には20年10月までの市営化運行開始で基本合意に達する。
第一次再建計画で出てきた谷上駅85億円+第二次再建計画でのインフラ資産305億円、およそ帳簿上400億円分の資産を198億円で神戸市が購入(譲渡)*7

北神急行電鉄神戸高速鉄道を抱える阪急阪神ホールディングスはほぼ同額の190億円を損失として負担した*8。免許関係については、第二種鉄道事業者北神急行電鉄第三種鉄道事業者神戸高速鉄道ともに神戸市へ免許を譲渡、神戸市交通局第一種鉄道事業者となった*9。ただし運行については、北神急行電鉄の社員を公務員として雇用するのは難しいからか、神戸電鉄北神急行電鉄社員を異動させた上で委託することになるようだ(谷上駅管理についても同様)*10
そしてついに今日、予定を前倒して、20年6月1日、神戸市営地下鉄北神線としての運行がスタートしたわけである。

純民間資本で作られた都市鉄道が、結果として公営化しなければならなかったというのは、残念というかなんとも言えない結末である。

 

なんで市営化したのか

表立って言えば運賃低減による需要喚起だろうが、やはりお金の面と、神戸市と阪急の協力強化というのはあると思われる。
神戸電鉄兵庫県の支援撤退で、阪急阪神ホールディングスは常に貧乏くじを引かされてきた。ほとんどの債務返済にまつわる融資は阪急阪神ホールディングスが負担し、さらには2022年に神戸高速鉄道からインフラ資産を回収する期限も迫っていた。他方、神戸市は官であるからそう簡単には「支援」というサブスクリプションは出せないし、西神線と阪急の直通を図る上で阪急側にいい顔をしておきたいという事情があった。そこで出てきたのが「190億円ずつでの手打ち」だったのではないだろうか(もっとも、北神急行電鉄の抱える400億円の債務は阪急阪神ホールディングスが引き継いだため、手打ちと言ってもそう簡単な話ではない。ただどのみち22年には資産とともに債務も引き継ぐ手はずだったので、それ以上の損失を出さないという点では手打ちの意味が出てくる)。
また将来的には、神戸市営地下鉄には阪急線との直通計画がある。もしこれが実現した場合、現状では三宮~谷上は支線となって折り返し運転になる可能性が高い。そうすると、相互直通をしている神戸市と北神急行電鉄が車両使用料を相殺するには、北神急行電鉄がさらなる車両増備を行って運転負担を増やす必要が出てくる。この負担を予めなくしておくというのも一因……だったりするのかもしれない。

 

今後はどうなる

北神線周辺の所要時間と運賃

北神周辺マップ

これは今回の市営化後の運賃と所要時間を示した図だ。鉄道線の赤字が新開地経由緑字北神線経由を表す。黒字の時間と運賃はバス他の交通機関だ。もともと北神線経由の運賃が三田市からで1000円超、谷上からで500円超だったので、いかに値下がりしたか、もともとが割高だったかがわかる。以下各地域ごとになんとなくの予想を置いておく。

谷上周辺

谷上駅周辺においても、旧来は三宮駅箕谷駅に発着する神戸市バス64系統神戸北町線が圧倒的な競争力を誇り、谷上駅にはフィーダーバスが発着しない状態であった(ごく少ないものの、市バスではなく神姫バスの路線バスはあった)。
これが市営化に合わせ、62系統の新設(95年廃止路線の復活)(神戸北町~谷上駅)・111系統の一部の便の谷上駅への延伸(北区西部~箕谷駅~谷上駅)が行われる。同時にバスと地下鉄の連絡定期券の割引率も上がるため、北神線+62系統という利用がある程度見込まれるのではないだろうか。ただ一方で、「地元住民の反発」という北摂ニュータウン的には苦い印象のある理由で市バスの再編はかなり低調なもの(64系統の現状維持)に留まっている*11

。果たして交通局はどの程度「便利な北神線をご利用ください」としていけるのか、現時点では怪しいところもある。

有馬

神戸から有馬温泉へは路線バスが直通しており、どのルートでも乗り換えが1,2回必須の鉄道はメインルートとしては弱い状態であった。特に運賃が安い鈴蘭台経由では所掌時間もあまり短くなく、競争力はかなり低かった。
市営化後は、乗り換え回数こそ変わらないものの、運賃が下がり、高速な北神線ルートが選択肢へと入ってくる。新神戸駅と直結しているというメリットも有り、それなりに需要は見込める。

北神エリア

岡場を中心とする北区北神エリアは、もとより神戸電鉄の牙城である。神姫バスの特急線もこのエリアでは多くの便がすでに高速道路を通過するので、一部便が経由するイオンモールがある鹿の子台など一部を除き、神鉄のほうが便利な交通網を形成している。
北神線の市営化は、純粋にこの地域にとっては運賃が下がるというメリットになる。一方で、これまで鈴蘭台を経由していたユーザーのほとんどが北神線に移ると思われ、北神線には増益が、神戸電鉄には打撃が大きく見込まれる。神戸電鉄にとっては、マイカーユーザーをどれだけ新規に取りこみ、またライバルでもある神姫バスが運用する岡場駅道場南口駅のフィーダー路線へどれだけ人を誘導して、いかに北神エリア~谷上駅の需要を増やすかが鍵になってくると思われる。

三田エリア

三田市はかつて人口増加率が日本一であり、その分少子高齢化も速い。ただ人口そのものは10万人とそれなりのものを維持しており、決して無視できない需要があるのは神姫バスの高速路線が毎年拡充されていることからもわかる(最近は大阪直行のバスができた)。
北神線市営化で、これまで鉄道のほうが高かった運賃はバスと同等程度に下がり、数分から十分は鉄道が速度で上回るメリットが効いてくる。ただ三田駅周辺の人口はニュータウンほどは多くなく、主たるターゲットであるニュータウンからは横山駅・谷上駅での2回の乗り換えが必須になってしまう。運賃についても、三田市では「株主乗車証」や割引率の高いNicoPaの利用が多く、市営化だけでは価格差を縮めきるには不十分なままだ。悠々座れるバスから客を奪うには、もう少し高速化や、定期券の低廉化など施策が必要かもしれない。

 

 

*1:西宮市山口などは有馬郡との合併をしたかったらしいのだが、神戸市に断られ、三田市も今のような郊外都市ではなかったために山のむこうの西宮市と合併した

*2:三田市

*3:神鉄の車幅は2650mm、地下鉄は2850mmなので、改軌するにしても工事費がレール交換だけで済まず莫大になる

*4:※ここでいう「インフラ施設」には駅は入っていない。新神戸駅神戸市営地下鉄、谷上駅は91年以降神戸電鉄の所有であったためである。

*5:

https://www.hankyu-hanshin.co.jp/legacy_data/ir/data/KS200709271N3.pdf

*6:

https://www.hankyu-hanshin.co.jp/legacy_data/ir/data/KS200709271N3.pdf

*7:

神戸市:北神急行線の市営化について

*8:

https://www.hankyu-hanshin.co.jp/file_sys/news/6715_865343c9070944ebffe6ffead6445abc1521e3ea.pdf

*9:

https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001331110.pdf

*10:

神戸新聞NEXT|総合|北神急行、来年6月市営化 神戸市が神鉄に運行委託へ

*11:市バス関係は出典が多いため、詳しい他ブログ記事さんで代替する

神戸市バス 64系統を減便して62系統を新設(復活)。神戸北町~谷上駅 – お・さ・か・な の う・わ・ご・とWP